「醫學博士中川諭之像」。

(あしあと その839・北区の86・北海道大学の10)

北海道大学病院の前庭に並ぶ3番目の胸像は、「醫學博士中川諭(さとす)之像」です。台座の正面に「醫學博士中川諭之像」と浮彫がされたブロンズ板がはめ込まれています。

3基の胸像の中で唯一、台座の背面に次のような碑文が刻まれています。

「中川諭先生明治二十四年福井県に生まる。大正五年東京帝国大学医科大学を卒業 青山胤通先生 稲田龍吉先生の教えを受け大正十年医学博士の学位を授与せらる 大正十ニ年十月北海道帝国大学教授に任ぜられ 第二内科教室を創設し昭和三十年三月退官せらる 此の間三十有二年の長きに亘り学究一筋の道を貫き殊に癌の診断に畢生の努力を傾注し医学に貢献する甚大にして育成せる門下生また三百余の多きに及び相共に先生の高恩を偲ぶ 此像に吾等の謝恩の微衷を〇めて永く先生の高徳を顕彰する。

昭和三十七年九月十五日 第二内科同窓生一同」

中川氏は、昭和12年12月に北海道大学医学部附属病院の第7代院長として着任しました。その後、北海道、札幌両医師会長を経て、昭和36年札幌医科大学学長を勤めました。この胸像は、中川氏が昭和30年に北海道帝国大学を停年退官したことを記念して建立されました。制作は彫刻家の斎藤吉郎氏です。

「歴史のあしあと 札幌の碑」(東部版)

「歴史のあしあと 札幌の碑」 ふとしたことで、札幌とその近郊に残された石碑や記念碑が気になり始めました。 歴史が刻まれてきた碑の数々を、後世に引き継いでいけたらと思います。

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