(あしあと その351・豊平区の49・西岡の1)
西岡の水源地通を南に向かっていくと、長い下り坂になります。その坂の途中の西側の歩道上に、白御影の自然石でできた石碑が立っています。
これが「油沢の坂」碑です。道路側と背面の碑面に、「油沢の坂」と黒い文字が刻まれています。
歩道側の背面には、碑の由来も刻まれています。
そこには、
「油沢に通じる坂道であることから油沢の坂と愛称をつけたものである。
油沢の地名は黒いタール状の油が地表に湧出していたのでついたといわれる。西岡開拓以前の明治15年から3回にわたり油井戸が掘られたり昭和9年には日本石油(株)によって大がかりな試掘が始められた。
その後 昭和32年にも地下資源校公社によって大々的に行われたが残念ながら石油は出なかったのである。」
と刻まれています。
明治の初めころから、この近くを流れる沢の一部に原油が湧出していたことから、油沢と呼ばれるようになりました。採算がとれるほどの湧出量ではありませんでしたが、地元の人間は地表ににじみ出た原油を潤滑油などとして利用したそうです。
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